小野絵里展

”Mandara― Blue ― 暴力のない宇宙へ”


2016年5月16日(月) ~ 5月28日(土)

open : 11:30~19:00 (日曜休廊、最終日は17:00まで)

会場 : art space kimura ASK? (2F)




”Mandara ― Blue ― ”(キャンバス、油彩 2014年~’16年 他数点)

 

2002年に私は暴力のない宇宙を願って”星座図”(oil on canvas) を描いた。それから幾度と星は巡ったが、相変わらず地球上の至る処に紛争や環境破壊は絶えずあり、今や世界は封建時代に逆戻りしつつある。心痛む私は一昨年から”星座図”の続編として ”Mandara― Blue ― ” を描いている。私にとってBlueは暴力の対極にある色、遠い宇宙に思いを馳せる色。

5月のASKを青い宇宙図に変えたい。                             2016年2月 小野 絵里
 
「Mandara-Blue―暴力のない宇宙へ」

 野地耕一郎

 

小野絵里さんの家には犬や猫が何匹もいる。虐待を受けぼろぼろになった彼らを小野さんは保護して治療させ、里親を探す。それでも重症の動物たちは引き取り手のないまま、小野さんの家人となってしまうからだ。

そうした命あるものに対する冒涜への怒りが、小野さんをキャンバスに向かわせる。だから、彼女の絵は、ずっと「暴力のない宇宙」を主題に描き続けられたものだ。それは当初、箱船のかたちだったり、動物の姿そのものだったり、ある時は楽器のイメージをとりながら、人間の傲慢に警鐘を鳴らし、人間によって犠牲になった自然や動物たちへの償いとして描きつがれてきた。そして近年さらに、渦巻く星々による星座図のように、汚れなきものへの憧憬と再生を示唆する作品へとつながっている。

 

こうした恣意的な内容を蔵した、現代の「象徴主義絵画」というべき作品が生まれてきた淵源はどこに在るのだろうか。

2014年秋に岡山県立美術館で小野さんの父・小野絵麻、母・二三の回顧二人展が開催された。私はそれを見て、小野さんの重層的かつ象徴主義的な絵画の誕生がこの両親あってのことだと腑に落ちた。人間の悪意と社会の欺瞞を鋭く風刺する父の絵と、その内面の影響を受けつつ宇宙卵を思わせる始原的なイメージを含んだ母の絵。父母二人の作品は人間や社会の表面をなぞって指弾するものではなく、その核心に切り込む告発性の鋭さをもって、あくまで現在の私たちをも照射する性質のものだったからだ。

 そんな両親のもとで、小野さんは、物心ついた頃から紙にむかってひたすら手を動かしてきたという。そして、描いていなければ生きられないという風情が、小野さんには漂っている。それは今、もっと悲劇的な何かに追われて描いているような切迫感さえ呈してきているように思う。

 

今度の新作の主題は、暴力のない宇宙図としての「マンダラ」である。

大きな五つの画面を横に連ねた作品は、抽象的で微細な線と糸のような線が折り重なり、集積された絵具の層が削り落とされ、また新たに塗布してはまた削られていく仕事のうえに成り立っている。にも拘わらず決して透明感を失わない重層的な画面に、動物の骨や子供たちの群や卵か何か記号のようなイメージが決定的な線で刻まれている。多様なイメージを凝縮した図像は、区画され整然としたものではないが、まさしくマンダラの空間を想わせる。

鍛え上げられた筆力から生れるその画面は,描くことを積み重ねることによって立ち現われてくる「何か」を掴もうとしている。おそらく、その実体は、死生観と和解することによって得られるものではないか。死というものを想いながら、それでも「共に生きる」ということに執着しようとする極めて静かな宣言――。

これらの画面がブルーであることは偶然ではない。青は、常にある深さを感じさせる。色彩学上も、青は本質的に日常性から遠ざかる性質をもつから、瞑想や超俗、永遠や鎮静を表す色とされている。キリスト教絵画におけるマリアの衣が青であるように、それは日常性から遠ざかり、そのぶん精神に深く関わる色といえるだろう。小野さんにとって青は、感情を研ぎ澄まし精神を深く鎮める色であり、そして「聖性」を意味する色なのだ。

その青色に染まりながら、描かれしものの痛々しい陰影は、銅版画作品においても湧き上がる自らの観想から逃げることのない緩みない筆致によって刻まれている。いずれも緻密で微細な徹底した画面の背後に、鎮静しながらも押しとどめようのない精神の軋みが感じられるのだ。だから、彼女の絵において、冒涜への怒りは詩や物語となり、醜悪な行為への抵抗は音楽ともなる。

人間や社会の暴力的な行為に対する絶望的な忍耐にふるえている線。時として世界をくつがえすような粗暴な力をつかもうとする筆触。そして死に絶える寂しさに溶けてしまうような形象・・・。それらを奏合した小野さんの新しいマンダラは、自然の一部に過ぎない人間の傲慢さへの告発であり、その犠牲となった自然や動物たちや罪なき子ども達への鎮魂でもある。だからきっと、内的な動力を蓄えたその表情は、見る者の魂をえぐる聖なるものを孕んでいるはずだ。

この絵を見よ!そして、私たちは、深く己の心に降りていかなければならない。

 

                                  (のじ・こういちろう/泉屋博古館分館長)

【 小野絵里 Eri Ono 】

■ 略歴  
1949
1971
2014

岡山県高梁市生まれ 父:絵麻 母:二三 ともに画家
多摩美術大学絵画科卒業
両親の作品集「小野絵麻・二三 人間・幻想・自然」制作(原研哉デザイン他)

■ 主な展覧会  
1969
1973
1979~82
1980
1981
1982
1981~83,87
1983
1984~88
1990~95
1994
2000~01
2002

国際青年美術家展
汎瀬戸内現代美術展(岡山県総合文化センター)
人人展(1979年は第1回中村正義賞筆頭候補、1981年会員推挙  東京都美術館)
現代日本のマニエリスム展(東京セントラル美術館)
今日のシュ-ルレアリスム展(東京セントラル絵画館)
幻視の森展 (東京セントラル絵画館)
安井賞展(1983年は安井賞候補  西武美術館)
ポストコレクション展 (東京セントラル美術館)
日本青年画家展 (日本橋三越)
両洋の眼展 (日本橋三越)
ねりまの美術 ―平面とイメージの魅惑―(練馬区立美術館)
小野絵麻・絵里展 ―人間と宇宙への眼差し―(高梁市歴史美術館、銀座ミカレディイベントホール)
戦後岡山の美術 ―前衛達の姿― (両親とともに選出  岡山県立美術館)  

制作の傍ら動物保護に打ち込む。
その他 東邦画廊、田村画廊、日本画廊、紀伊国屋画廊、日辰画廊、木ノ葉画廊、
ギャラリー池田美術、青木画廊、ギャラリー坂巻、トキアートスペース等で個展、企画展多数。
集英社、白水社、書肆山田等の装幀や朝日新聞等の挿画も多数手がける。




”星座図” (S100号 キャンバス、油彩 2002年)




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